弁護士 山田 さくら(やまだ・さくら) 59期
私は、弁護士1年目に、先輩弁護士から「せっかく弁護士になったんだから、ライフワークを持たなきゃ。」と、日々の業務の他に社会的な問題に関わる重要性を説かれ、高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会に入りました。以来、いろいろなご縁もいただき、主に高齢者支援の業務に携わっています。
1 福祉分野における弁護士業務
日本は、1994年に高齢社会(総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が14%を超えた社会)となり、1995年に高齢社会対策基本法が制定され、1996年に高齢社会対策大綱が閣議決定されました。この頃から高齢者をめぐる法的な問題が社会に認知されるようになったと言われています。
第二東京弁護士会では、1996年に「高齢者財産管理における弁護士の役割」と題するシンポジウムが開催され、1997年に全国の弁護士会に先駆けて高齢者財産管理センター(通称“ゆとり~な”)が発足し、弁護士の財産管理業務に弁護士会が関与することにより、その信頼性を担保するという財産管理制度が開始されました。その後、 “ゆとり~な”は「高齢者財産管理センター」から「高齢者・障がい者総合支援センター」と改称され、名前のとおり、その活動は、財産管理のみならず、高齢者と障害者の総合支援へと拡充されました。
私が弁護士になった2006年には、高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会は、高齢者や障害者が住み慣れた地域で尊厳ある自分らしい生活を送ることができるように、すでに様々な活動を行っていました。たとえば、法律相談を端緒として高齢者・障害者の法的トラブルを解決したり、高齢者や障害者が制度を適切に利用できるようにサポートしたりする個別案件の対応にとどまらず、社会福祉を実施している自治体や福祉関係者の相談にのり、また、研修を行う等して、福祉サービスを提供する側の支援を行っていました。さらに、福祉分野において行政や社会福祉協議会と意見交換等をしながら、一緒に制度や仕組みをつくるという業務も行っていました。私は、委員会で、このような福祉分野における弁護士の活動に参加させていただく中で、法的視点と福祉的視点を両方持つことの重要性や、法曹界以外の専門職との協業・連携の重要性を学びました。また、紛争解決だけではなく、紛争を予防して安心安全な生活を確保することの大切さや、法的な知識を広く周知していくことの必要性を実感しました。私は2008年・2009年と石西ひまわり基金法律事務所(島根県益田市)へ赴任しましたが、弁護士人生の最初の1年にこのような経験をしたからこそ、島根でも行政や福祉関係者と連携を図りながら、多くの仕事ができたように思います。
2 ホームロイヤー
ホームロイヤーとは、高齢者や障害者と弁護士との契約によって、見守り、財産管理、生活支援、死後事務、遺言作成等のサポートを行う「かかりつけの弁護士」です。ホームロイヤーは、高齢者や障害者に寄り添い、総合的かつ継続的に本人の支援を行うものであり、本人の法的トラブルを解決したり、法的トラブルを未然に防ぐことにより、本人の権利を実質的に保障し、本人が安心して日常生活を送れるようにサポートする役割を担っています。
私は数年前から、常時、数件のホームロイヤー契約を締結して業務を行っている状況ですが、ご本人に財産があってもなくても、弁護士が生活のサポートをする必要性は変わらないと感じています。特に、入院等の緊急時対応や、在宅生活が限界になったときの施設入所の時、また、ご本人が亡くなられた後の死後事務については、ご本人に頼れる人がいない場合には、ホームロイヤーの果たす役割は大きく、ご本人の生活を直接的に支えていると実感します。
成年後見人を務めるときには、すでに認知症が相当進んでしまっている状態でお会いすることが多く、ご本人がどうしたいのかがわからず、ご本人の意思を確認することが難しいケースも多くありますが、ホームロイヤーの場合には、ご本人の判断能力に問題がない場合に契約でサポート内容を決めますので、ご本人の意向が明確で、その方の人生観や生活歴等によって、何を重視して業務を行うかが異なり、成年後見人とはちがったやりがいがあります。
2017年、高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会では、“ゆとり~な”の財産管理を発展させ、第二東京弁護士会のホームロイヤー制度を創設しました。第二東京弁護士会のホームロイヤー制度は、弁護士会が受任弁護士を紹介したり、受任弁護士から定期報告を求めること等により、弁護士会が受任弁護士の活動に関わり、その業務の信頼性を担保することが特長です。
2017年頃、超高齢社会(総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が21%を超えた社会)で、かつ、核家族化が進行している日本において、頼れる家族や親族がいないケースが増え、身元保証人がいないと病院への入院・高齢者施設への入所ができないという「身元保証問題」が社会問題化していました。このとき、高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会は、ゆとり~な20周年記念シンポジウム「身元保証問題について考える」を開催しました。その際、3300を超える東京都内の病院や福祉施設等に「身元保証人に関する実態調査のためのアンケート」を送付して、病院や施設が身元保証人を必要とする事情や問題点等の調査を行った結果、病院や施設は、料金滞納や判断能力低下等で意思確認ができなくなること等のリスクに備える方法として、「身元保証」という方法に過度に依存しているという実態を把握しました。病院や施設が身元保証人に求める機能は主に「連帯保証」「医療同意・身体拘束」「本人の意思決定支援・代行行為」であり、身元保証人に頼らないリスクヘッジの検討が急務であるとして、各機能ごとの代替方法を提示し、リスクヘッジに加えて本人の権利擁護を図るという観点から、後見人等やホームロイヤーが身元保証人の最も有力な代替手段であり、弁護士や弁護士会は本人や病院・施設等が安心して利用できるように、安全性や身上監護を含む質の担保に尽力する必要があるとする「9つの提言」を行いました(第二東京弁護士会ホームページに掲載)。
それからさらに数年が経過し、現在、日本の高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)は増加の一途をたどり、2023年に29.1%となり、2037年には33.3%、すなわち、国民の3人に1人が65歳以上となる見込みです。また、2050年には、単身世帯が44.3%に達し、高齢者単身世帯(世帯主が65歳以上の単身世帯)も20%を超えると推計されています。このような人口構造及び世帯構成の変化により、「身元保証問題」は一層深刻化し、高齢になっても、障害があっても、頼れる家族がいなくても、安全・安心に暮らせる社会環境の整備がより一層必要な状況となっています。
他方で、2022年、国連障害者権利委員会から、日本の制限行為能力制度や代理・代行決定の廃止の方向性とあらゆる場面における意思決定支援のしくみの設置が勧告されたこと等もあり、2000年4月1日から開始された成年後見制度は、大きな転換期を迎えています。現在、成年後見制度は、「他の支援」による対応の可能性も踏まえて、本人にとって、必要な場合に、必要な期間だけ利用可能とする方向での民法改正が検討されています。
このような状況の中、成年後見制度以外の権利擁護支援策の充実を図る取り組みが行われています。国や地方自治体が中心となって、どのような地域連携ネットワークをつくるのか、また、民間のいわゆる高齢者等終身サポート事業者をどのように適正に活用していくのか等について検討が重ねられ、試行錯誤が行われていますが、弁護士会が関与して信頼性を担保する第二東京弁護士会のホームロイヤー制度は、まさにこの「他の支援」であり、これまで以上に大きな社会的役割を担うことになります。
第二東京弁護士会設立100周年を迎えるにあたり、再度「身元保証問題」に向き合い、「身寄りがなくても困らない社会にするために弁護士ができること」を考えるシンポジウムが2026年1月に行われる予定であり、現在、高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会ではその準備を行っているところです。
委員会内で、自治体、社会福祉協議会、病院や高齢者等終身サポート事業者等の関係機関・関係団体から話を聞き、病院や高齢者施設の契約書等の調査を行い、弁護士会のホームロイヤー制度の運用状況を分析する等、各委員が分担しながら、様々な角度から調査・検討を行っています。私自身も、これらの準備に関わらせていただき、より深刻化している「身元保証問題」に対し、弁護士として何ができるのかを考える良い機会になっています。個別の案件にきちんと対応することは当然ですが、個々の弁護士が対応できる案件数には限りがありますので、委員会で社会的な取り組みを行う意義は大きく、それに携わることはとてもやりがいのある仕事だと思います。
3 高齢者支援の意義
高齢者の支援の基本理念は、「自律の保障」と「地域社会におけるインクルージョン」です。
自律を保障するためには、1人で意思を形成し難い人も含めて、本人が自分のことを自分で考え、できるだけ自ら選択して決めることができるように意思決定支援を行うことが重要であり、本人が意思決定したことは、自己の生命・身体・財産等に重大な影響を及ぼす等の例外的な場合を除き、優先されることが当たり前とされる社会を目指すことが必要です。後見人等の業務では、本人の意思決定支援は非常に重要ですが、認知症等もあってなかなか難しい場合があります。そのような時には、認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン(厚生労働省)を参考にしながら、チーム支援を意識して対応するようにしています。その際にも重要なのは、医療従事者や福祉関係者等との連携です。他の分野の専門職の意見を尊重しながら、自分の意見も伝えて連携を図り、可能な限り本人の意思を引き出して、本人の意思を実現していくということを積み重ねていけば、本人の生活はより良いものとなります。
地域社会におけるインクルージョンとは、すべての人が地域社会で平等に参加し、支援しあい、安心して暮らせるようにすることです。障害概念の「社会モデル」、すなわち、障害者が日常生活または社会生活で受ける様々な制限は、心身の機能の障害のみに起因するものではなく、社会における様々な障壁と相対することによって生じるものであるとの考え方が社会に浸透していけば、自然と合理的配慮も進み、高齢者や障害がある人への社会的障壁は取り除かれやすくなります。高齢者や障害者と身近に接していると、相談を受けることによってその方の困りごとがわかったり、経験が積み重なることで想像力や共感力が養われ、取り除くべき社会的障壁が何なのかを少しずつ理解できるようになる気がします。人は誰でも、年齢を重ねていけば高齢者になりますし、認知症が進行したり、病気や事故等で障害者となったりする可能性もあります。高齢者や障害者の問題を自分事としてとらえ、どうやったら安心して暮らせるようになるか、考えていければ良いと思います。
弁護士は、これまで通り、高齢者の虐待対応や消費者被害の回復等、弁護士にしかできない「紛争解決」を担っていくことを業務の中心に据えることが肝要だと思いますが、高齢者支援に関する業務を行っていると、勉強会・講演会等の啓発活動や財産管理・身上監護業務によって紛争や被害を「未然に防ぐ」役割を担うことも重要であると実感します。また、関係機関と連携を図り、自治体や社会福祉協議会の相談を受けながら、公的な仕組みづくりの支援ができれば、自分らしく慣れ親しんだ地域で生活することができる人が格段に増えるものと思います。
成年後見制度が大きく変わろうとしている中、高齢者支援の在り方も変化を続けており、情報のアップデートが大変ですが、どのような支援をしていくべきかを絶えず見直しながら、これからも高齢者支援を続けていきたいと思います。

