弁護士 中村 新造(なかむら・しんぞう)58期
1 はじめに
私は、2023年6月1日から2025年5月31日までの二年間、日本弁護士連合会(日弁連)の事務次長を務めておりました。2022年4月1日から2023年3月31日までの一年間は第二東京弁護士会の副会長を務めておりましたので、通算すると三年間、毎朝弁護士会館に出勤していたこととなります。
さて、日弁連の事務次長とは一体何をしているのでしょうか。そもそも、“事務次長”という名称を聞いたことがない方もいるかも知れません。かくいう私も、実際に事務次長になって初めて知ることが沢山ありました。そこで、本稿では、私の目から見た事務次長の実態について、紙幅が許す限りで御紹介したいと思います。
2 事務次長の地位及び職務
日弁連は、様々な会則、会規、規則によって運営されていますが、事務次長について定めた規定は、日弁連会則第82条の2と事務局職制(会規)第2条の僅か二つとされています。
【日弁連会則第82条の2(事務総長及び事務次長)】
1 本会に、事務総長一人及び事務次長若干人を置く。
2 事務総長は、会長の命を受けて本会の事務を掌理し、事務局の職員を指揮監督する。
3 事務総長は、本会の会議に出席して意見を述べることができる。
4 事務次長は、事務総長を補佐して、会規又は規則で定める事務をつかさどる。
5 事務総長及び事務次長の任免は、理事会の議を経て、会長が行う。
【事務局職制第2条(事務次長の職務)】
事務次長は、各種委員会、調査室、広報室、国際室等の事務の連絡、調整及び事務局の監督を掌り、事務総長の指示を受けて対外的事務を処理する。
(1)事務次長の地位
事務次長の地位については、日弁連会則第82条の2が定めています。
事務次長の任命は、「理事会の議(承認)」を得た上で、「会長が行う」(同条第5項)こととされており、それ以外に条件はありません。日弁連理事その他役員に就任したこと等が条件となっている訳ではありません。
事務次長の定員は「若干名」(同条第1項)とされています。2025年10月1日時点では、弁護士事務次長6名(東京2名、第一東京1名、第二東京2名、神奈川県1名)、職員事務次長1名となっており、総長1名(第二東京)を含めた合計8名の総次長体制となっています。なお、弁護士事務次長6名のうち1名が女性です。
ところで、事務次長には“任期”がなく、それどころか任命だけでなく免職についても「理事会の議(承認)」を得ることが条件とされています(同条第5項。もっとも、理事会で免職が否決された前例はないようです)。ここ数年は2年間を実質的な任期とする運用がなされていますが、過去には半年程度の延長もあったそうです。
(2)事務次長の職務
日弁連会則では、事務次長の職務については「事務総長を補佐」することのみが定められ、実際に掌る事務の内容は「会規(事務局職制第2条参照)又は規則」に委ねられています(同第4項)。もっとも、事務総長の掌理する事務が「本会の事務」(会則第82条の2第2項)全般に及ぶ結果、事務次長の担当も自ずと日弁連の事務全般に及ぶこととなります。
そして、日弁連会則の第82条の2第4項、同第82条の3を受けて、事務局職制(昭和24年10月16日会規第1号)という会規が定められており、この第2条が事務次長の職務について定めています。以下、事務局職制第2条に沿って、事務次長の職務を具体的に紹介してみたいと思います。
① 各種委員会、調査室、広報室、国際室等の事務の連絡、調整
日弁連には、数多くの委員会(弁護士法によって設置されている“法定委員会”、会則によって設置されている“常置委員会”、理事会によって設置されている“特別委員会”に区別されます)、ワーキンググループ(WG)、協議会等に加え、調査室、国際室など「室」と呼ばれる組織(室長、嘱託で構成されます)が存在します。
これらの委員会等の全ての事務を、6名の弁護士事務次長で分担することになります。ちなみに、私の担当をあらためて数えてみると、27個の委員会(憲法問題対策本部、経理委員会、財務委員会、法律サービス展開本部、知的財産センター、中小企業支援センター、情報問題対策委員会、若手弁護士サポートセンター、国際交流委員会等)、5個のWG(事務効率化、国際商事・投資仲裁ADR等、中小企業国際業務支援等)、2個の室(国際室、司法調査室・FATF対応)の合計34個の組織を担当していました。
各委員会等からは、様々な意見(意見書、会長声明等)や企画(シンポジウム、学習会、視察等)等が提案されてきます。事務次長は、これらの提案について、必要に応じて当該委員会等のメンバーや事務局と一緒に検討した上で、他の委員会等や官庁を含めた外部機関との「連絡、調整」(職制第2条)を行います。そして、このような「調整」等の結果まとめられた提案について、「議案打合せ」、「正副会長会」、「理事会」、「総会」という日弁連の基幹会議全てで承認を得るまで伴走することも事務次長の重要な職務となります。逆に言うと、これらの基幹会議に付議される議題は、6名の弁護士事務次長の誰かの目を必ず通っていることになります。
なお、日弁連の会議(理事会、正副会長会など)における意見申述権は、「事務総長」のみに認められており(日弁連会規代82条の2同第3項)、事務次長には認められていません。よって、副会長との事前打合せで十分な情報共有をし、会議の場では副会長から意見を述べてもらうこととなります。
② 事務局の監督
日弁連の事務局には、事務総長1名、事務次長7名に加え、200名以上の職員がいます(パートタイム、派遣職員を含みます)。この200名以上の事務局職員が、総務部、審査部、法制部、人権部、業務部、企画部にそれぞれ所属して、47013名(2025年9月1日時点)もの会員を擁する日弁連という巨大組織を支えています。
事務次長の「監督」(職制第2条)業務の主なものは、日常的に事務局から“報・連・相”を受けてその都度指示をすることですが、月に一回開催される「総長室会議」も重要です。事務局内部のルール改正等はこの会議で決定されるケースが大半です。また、週に一回開催される「総次長会議」は、日弁連に関するあらゆる事項について事務総長と事務次長全員で相談することができる機会ですが、ここで事務局の運営に関する重要な議題を取り扱うことも屡々みられました。
なお、御承知のとおり、日本では弁護士に強力な自治権(いわゆる“弁護士自治”)が認められている結果、日弁連には監督官庁がありません(例えば、司法書士は法務省、行政書士は総務省がそれぞれ監督官庁です)。そのため、日弁連は、弁護士に関するあらゆる事務処理(資格審査、登録、運営、懲戒、財政等全般)を中央官庁と同じレベルで自己完結する必要があるため、事務局は高いレベルで業務全般を遂行する必要があります。このように、日弁連の事務局は、弁護士にとって“弁護士自治”の担い手として必要不可欠なパートナーであり、弁護士は事務局の一人一人が“日弁連の宝物”だと考えて接する必要があります。
③ 対外的事務の処理
「対外的事務」(職制第2条)の相手方は様々ですが、代表的なものは、国会議員、中央官庁、他士業団体となります。
法律制定や改正等について日弁連の考えを各方面に説明することが重要ですが、その相手方は主に国会議員となります。議員要請のために、議員会館と弁護士会館を一日に数回往復するということも珍しくありませんでした。
また、最高裁判所や法務省をはじめとした中央官庁とも情報交換をする必要があります。日弁連の考えを早い段階から担当官に伝えておくことも、事務次長の重要な職務の一つです。
他士業団体とは普段から友好関係を築いていくことが基本となりますが、各士業法の改正内容が弁護士との業際問題に関わりかつ国民の利益に反する場合には、その改正に異を唱え、各方面に理解を求めることも日弁連の重要な役割となります。
3 事務次長の沿革
私の手許の記録によれば、日弁連に事務次長という役職が置かれたのは、1972年7月1日です。その後、現在(2025年10月1日)に至るまで、合計94名の弁護士事務次長、10名の職員事務次長が就任しています。ちなみに、私は第87代の弁護士事務次長となります。
事務次長の人数ですが、弁護士事務次長については1972年7月1日当初は1名でしたが、1975年7月1日からは2名に増え、その後徐々に増えていき、現在は6名体制となっています。職員事務次長については、1981年7月1日以降現在まで1名です(但し、職員事務次長については欠員期間もあるようです)。
事務次長の所属会については様々ですが、弁護士会館に常駐する必要があるため、やはり東京三会に集中しているのが実情です。具体的には、第二東京弁護士会33名、東京弁護士会30名、第一東京弁護士会23名、神奈川県弁護士会4名、京都弁護士会1名、大阪弁護士会1名、愛知県弁護士会1名、兵庫県弁護士会1名となっています(2025年10月1日時点)。
4 事務次長の日常
(1)勤務場所
事務次長は、事務局と同じく日弁連にデスクが置かれ、そこに常駐することとされています。
弁護士会館の役員室に入ると、まず正面に「総次長室」があり、その左右に「会長室」と「副会長室」があります。日弁連では日々膨大な情報が駆け巡りますが、事務局から執行部に上がってくる情報の多くについては、まず事務次長が接し、その後、必要に応じて、会長、副会長、総長に報告された上で、直ちに各方面との調整作業が開始されます。そのため、この部屋の配置は日弁連内の情報伝達ルートに沿った合理的なものと言えます。
もっとも、事務次長は、日中、日弁連内部の各種会議、外部の関係機関との会議、国会議員への要請、地方出張などで出払っていることが多く、実際にデスクに在席している時間は僅かで、日によってはほとんど在席していないこともあります。ですから、担当の事務次長に相談がある事務局職員は、事務次長が席に戻ってくるまで自席で待機することとなります。会長、副会長、総次長の在席の予定及び状況はイントラネットを通じて、全ての事務局職員が常に確認することができるようになっていますので、事務次長が席に戻るや否や、待ち構えていた事務局の職員が総次長室の前に駆け付け、列を作るということも日常の光景となっていました。
(2)勤務時間
事務次長の勤務時間は、事務局と同じく9時30分から17時30分となっています。
もっとも、この勤務時間中の大半は様々な会議や打合せが入っており、また、夕刻以降も会議や懇親会等が設定されているため、落ち着いて書面に目を通したり、起案したりする必要がある場合は、時間外に行う必要が生じます。私の場合、毎日1~2時間早く出勤ことが習慣となっていましたので、すっかり早寝早起の生活リズムとなりました。
(3)私の実感
事務次長の日常をあらためて整理してみると、以下の“二つのトラック”を二年間休みなく走り続けていたというのが実感です。
① 理事会、正副会長会に向けた準備
まず、毎月一回開催される「理事会」及び毎週一回開催される「正副会長会」に向けた準備が、第1のトラックとなります。
「理事会」はまる二日間、「正副会長会」はまる一日間かけて行われ、これらの会議がある日は原則としてその他の予定は入れないことが不文律となっています。執行部の年間スケジュールも、「理事会」と「正副会長会」を中心に組み立てられます。
全国の理事が一同に会して集中的に議論をする「理事会」は、会長自らが議長として議事進行する日弁連の最重要会議の一つです(「理事会」の上には「総会」があります)。長い時間をかけて議案提出の準備をしてきた事務次長としては、それまでの準備の成果が問われる場であり、二日間の議論が終わるとどっと疲れが出ます。私は、二年間で合計24回(48日間)の「理事会」に出席したこととなりますが、理事会の光景を思い出すだけでも疲れが蘇ってきそうです。
「正副会長会」は、事務総長が議長となり、会長と15名の副会長が議論をするものですが、こちらも議論が白熱する結果、終了予定の17時を過ぎても終わらないことが屡々でした。もっとも、自分の担当議案が承認に至らなかった時には、直ちに事務局と一緒にその後の対応を検討することとなりますので、会議終了後も落ち着く暇はありません。
② 総次長会議に向けた準備
次に、毎週一回開催される「総次長会議」に向けての準備が、第2のトラックとなります。
「理事会」や「正副会長会」が日弁連の対外的な意見表明や企画に関するものを扱うのが主であるのに対し、「総次長会議」は日弁連の内部的な問題を取り扱うことが主となります。
「総次長会議」とは、内部的なルールを確認するだけでなく、事務局の職員が抱えている個別の悩みや課題を解決するために議論する場でもあります。そのため、個人的にはとても重要な会議と位置付け、その準備に時間を費やすことが屡々ありました。
その中でも、職員に対するハラスメントに関する議題を扱う際には、とりわけ丁寧な準備をすることを心掛けていました。
5 おわりに
あらためて事務次長就任中を振り返ると、怒涛のように押し寄せる膨大な案件に倒されないようその場に立ち続けるのが精一杯だったというのが率直な感想です。心身ともに疲れきって家路につくので、帰宅するや否や寝入ってしまうということも屡々でした。自分の判断が明日もしくは将来の日弁連の舵取りに大きく影響しかねないというプレッシャーは、やはり相当大きなものと言わざるを得ません。
しかし、“日本最大の人権擁護団体”ともいわれる日弁連の内部に身を置くことで、“弁護士自治”というものの尊さをあらためて実感できたことは極めて貴重な体験でした。また、意見書等を通じて一人一人の弁護士が放つ強烈な個性とパワーに接すると、圧倒される一方で、自らが弁護士を目指した“初心”を思い起こしてエネルギーが充填されるような気持ちになりました。結論から言うと、事務次長として活動した二年間は、私にとってかけがえのないものとなりました。
最後になりますが、事務次長の業務を全うするにあたっては会長、副会長、総長、担当した委員会等の委員幹事の先生方、事務局職員の方々など多くの方にご指導を頂きました。また、全力で業務を遂行するにあたっては、所属する事務所の方々や家族の協力も不可欠でした。この場を借りて、お世話になった方々全員に感謝を申し上げたいと思います。

