民事弁護教官を担当して

2025.11.11
 

弁護士 林 信行(はやし・のぶゆき) 56期

 

 

1 はじめに

 2022年4月から3年間、民事弁護教官を務める機会を得ました。
 私自身は、56期福岡修習で、2003年に弁護士登録を行い、2005年に青森県の十和田ひまわり基金法律事務所に赴任後、当会の紀尾井町法律事務所に戻りました。それ以来、日弁連や法テラスで司法アクセス改善の活動に従事していたため、司法研修所の仕事をするとは夢にも思っていませんでしたが、出身母体である二弁の先生方からご推薦を頂いた次第です。
 私が担当した修習期は75期から78期までとなります(75期は仙台・盛岡・秋田・山形クラス、76期は大阪・和歌山クラス、77期は京都クラスと福岡・佐賀・長崎・山口クラス、78期は東京クラス)。
 2024年の77期からは、在学中受験が可能となったことから、修習の開始時期が(従前の11月下旬ではなく)3月下旬からになっています。
 この点、私の修習当時は1年半(前期修習3ヶ月、実務修習1年、後期修習3ヶ月)でしたが、現在は1年間(導入修習3週間、選択型を含む実務修習9ヶ月、集合修習2ヶ月弱)となっています。
  そして、大都市部の修習地を構成するA班とそれ以外のB班に分かれており、導入修習では一緒に修習を行い、集合修習では期間を分けているため、教官によっては、2クラス(合計約140人前後)を受け持つことがありました。
 着任した2022年時点では、コロナ禍の影響が色濃く残り、75期の集合修習は全てオンラインで行われました。修習生のいない階段教室で1人パソコンに向かって講義を行う日々は何とも寂しいものでしたが、76期からはリアル修習が始まり、沢山の修習生を前に講義を行い、徐々に懇親会も出来るようになりました。
 司法研修所におけるコロナ禍の対応として、いち早くMicrosoft Teamsの利用が開始されるなど、IT部分における変化が見られました。
 昔との違いについて、一例を挙げるとすれば、多くの起案は今なお手書きですが、提出方法は起案用紙をカメラで撮影し、データをTeamsにアップロードする方法になっています(紙媒体も提出します。)。
 全体としてデジタルに抵抗感の少ない修習生(文字を書こうとしない)と使いこなすのに苦労する教官側(紙媒体を好む)の対比が面白く感じました。
 今後は司法試験もパソコン入力になり、早晩司法研修所でも同様の方向に向かうのだと思われます。実務においても民事訴訟法が改正され、デジタル化が推進される中で、ベテラン・中堅がどのようにキャッチアップしていくかが試されそうです。

 

2 民事弁護カリキュラムについて

 カリキュラムの中身としては、導入修習では、講義形式が中心であり、集合修習では起案が中心ですが、いずれにおいても民事系は民事裁判教官室と民事弁護教官室のコラボレーション科目があります(刑事系は刑事裁判教官室、検察教官室、刑事弁護教官室のコラボレーション科目があります。)。
 導入修習は、民事訴訟の流れを概観した上で、概ね知識の(再)修得を試み、立証活動や民事保全・執行、和解条項や弁護士倫理等を学びます。
 集合修習では、起案のほか、模擬法律相談や模擬裁判など、実務に即したカリキュラムも用意されています。
 研修所では、社会的に生起した生の事実の中で、依頼者が希望する要望を法的に構成し、要件事実を導き出し、その中で想定される認否反論を踏まえ、争点となる要件事実について、直接証拠や間接事実を用いて、主張立証していくことを求めています。
 あくまで個人的な感覚ですが、私たちの時代は、要件事実教育が中心であり、60期以降では事実認定教育が重要視され、近時は争点整理教育にも注力しているように感じています。
 最近、司法研修所では、各教官室のコーナーを設け、白表紙の一部について、以下のようにPDFにて公開しています。

民事弁護科目
https://www.courts.go.jp/saikosai/sihokensyujo/sihosyusyu/syusyugaiyou/minjibengokyoukan/index.html 民事裁判科目
https://www.courts.go.jp/saikosai/sihokensyujo/sihosyusyu/syusyugaiyou/minsaikyoukan/index.html)  
 優秀な修習生は、審判の対象となる訴訟物の選択が幅広く、かつ、要件事実をおさえた上で、立証可能性の高いものを選択することが出来、事実を構造化した上で、争点を見つけ、積極方向・消極方向の事実や証拠を評価して、自らの主張を論じていくことが出来ていました。
 民事裁判においては、まさに中心的な争点(要件事実)の有無が勝敗の分かれ目になるため、ピンポイントで当該部分に注力することが求められますが、直接証明する証拠がない場合などは、間接事実の積み上げによる必要が生じます。そこで、事実や証拠について、「豊富に・具体的に・正確に」主張、立証することを求めていました。
 この点については、判断主体である民事裁判教官室と弁論主体である民事弁護教官室とは見解を異にする場面も見られ、講義のなかでも、それぞれの立場の違いが出て面白かった、と言われました。
 裁判官としては、まさに不必要ないし過剰主張を絞るための争点整理である一方で、整理された争点の設定自体に違和感があったり、争点となる事実を裏付ける間接事実の重要性のグラデーションが異なったりしますが、弁護側としては、裁判官が交代ないし審級で変更する場合もあり、ある程度幅広の主張立証はせざるを得ないのではないかと現在も考えています(もっとも、中心となる重要な事実や証拠がその幅広の中に加わっているかという問題があります。)。
 この点、私自身は、裁判員裁判も数件経験しており、また、時期の関係で教官就任中も裁判員裁判を担っていたこともあり、公判前整理手続における整理との異同や民事・刑事裁判における事実認定の共通点、相違点を考えるきっかけとなっています。

 

3 研修所の実際

この点、民事弁護科目は、とりわけ導入修習でカリキュラムが最も多く、かつ前述のA・B班同時並行のため、この時期は多忙を極めていました。
 また、集合修習では、多くの教官経験者が言われるとおり、起案の採点にはとても苦労しました。読めない字、伝わりづらい表現、理解しがたい主張、足りない立証など、長時間を使いながら、頭を抱えることも少なくありませんでした。
 しかし、指摘したことが改善されていたり、キラリと光る表現を見つけた喜びはひとしおでした。
 また、大変に秀でた起案を見ることも少なくなく、同じ白表紙を用いた中で、かくも大きく差がつくのか、物事がよく見えているなと感じました。
 講評では、とりわけ弁護士の分野は、法廷のみにかぎらず、様々な領域拡大がなされており、それぞれの場所で活躍できるフィールド(「持ち味」)があることから、起案の成績に一喜一憂する必要はないと伝えています。

 

4 豊富な人材と思い出

 私のクラスでは、講義の際のパワーポイントに、自分自身の修習時代の写真や、弁護士になってからの写真(1年目から現在まで)、そして各地を訪れた際の名所旧跡、名産品やご当地グルメなど、数多くの写真を用いていました。
 自分自身や仲間が修習時代から現在に至るまで、どのような道のりを歩んできたのかを説明すると、ほとんどの修習生が興味を持って聞いてくれました。
 大変ありがたいことに、民事弁護教官室は、法テラスや一般民事・町弁系から、企業法務・渉外、倒産系まで幅広く在籍しており、大変刺激に満ちていました。合議における発言から、それぞれの豊かな経験を感じ、学ぶ機会を得ることが出来、それらを修習生に還元するよう心がけていました。
 また、コラボレーションを行う民事裁判教官室の裁判教官も同世代が多く、複数の事実や証拠から見通す力や事案を分析する能力の高さに目を見張ることがしばしばあり、修習生と一緒に学ぶ感覚も持ちました。
 その他、各教官室や職員の方々とも懇親を深める機会があり、それぞれの立場で誠実に仕事に取り組む姿勢に感銘を受けました。
 なお、従前は合議が研修所にて行われていたようですが、最近は都内で開催したり、リモートも併用しているため、教官が和光に向かうことは多くありません。
 しかし、私は、自宅が比較的近かったため、研修所で深夜まで仕事をすることも多く、一部から「研修所に住んでいる」と評されたことも良き思い出です。

 

5 教官としての楽しみ・喜び

 実務修習中は、修習地に赴き、修習生と触れ合うことを楽しみにしていました。皆でわいわいやりながら、自分の修習時代もこのような感じだったな、と振り返っていました(なお、75期の多くはリアルで会えなかったため、弁護士登録後も会うようにしています。)。
 それとともに嬉しかったことと言えば、修習時代にお世話になった方々にお会いできたことです。当時の左陪席は地裁部総括、右陪席は家裁所長になられていました。
 また、各地で同期が弁護士会の会長をはじめ、立派な肩書になっていることに驚きつつも(かくいう私も教官という肩書ですが)、修習時代に戻ったかのように色々な思い出話に花を咲かせました。

 

6 終わりに

 確かに、研修所教官は、多くの時間をとられ、また、日常的な事件処理がままなりませんでしたが、出身事務所のメンバーに物心両面にて支えて頂き、また、二弁の先生方に数多くご支援頂き、感謝しています。
 そのおかげもあって、無事に任期を満了することが出来ましたが、とても愉しく、やりがいがあったので、許されるならば刑事弁護教官にもなりたいと思う旨、教官退任の挨拶で述べ、場を盛り上げてしまいました。
 私自身は、各期の最終講義にて、自分の修習時代の教官方からのアドバイスを伝えています。まさに司法修習は先輩からのバトンを後輩につなぐものであり、自身が良くしてもらったご恩を下に渡す(「恩返し」ならぬ「恩送り」)、よき伝統を是非続けて貰いたい、と要望しています。
 つい先日、56期の卒業20周年記念大会が京都で行われ、自分自身の修習時代の仲間と会いました。
 自分自身が25周年、30周年を迎えるとともに、教え子達の10年後、20年後を見ることが出来れば、より楽しみと喜びがますことでしょう。
 お読み頂いた方の中で、民事弁護教官をご希望、ご検討頂ける方がおられましたら、是非お声がけ頂ければと思います。

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