IPO準備会社支援の実務

2025.11.11

弁護士 早川明伸(はやかわ・あけのぶ)58期

弁護士 石崎仁紘(いしざき・きみひろ)75期

1 はじめに(執筆:早川明伸)

 私は2005年に弁護士登録後、最初の10年間は、上場企業の不祥事対応やリスク管理に強みを持つ法律事務所に勤務いたしました。また、私は弁護士になる以前に自身でビジネスを手がけた経験から、経営者を支援することに魅力を感じておりました。特にIPO(新規株式公開)の支援に力を入れたいと考え、IPO準備会社との接点を積極的に増やし、現在も重要な業務として取り組んでおります。
 本稿では、IPO準備において弁護士が果たす役割について、具体的なプロセスや実例を交えながら解説します。(以下執筆:早川明伸、石崎仁紘)

 

2 IPOの目的は「資金調達」

 そもそも、企業は何のためにIPOを目指すのでしょうか。その目的は突き詰めると「資金調達」ただ一つに集約されると私は考えています。上場時に投資家から大規模な資金を調達し、それを元手に事業を大きく成長させていくことがIPOの本質です。経営者は、自社の事業をどのように成長させていくのかを具体的に描き、成長にあたって必要な資金はいくらなのかを具体的に明確化する必要があります。
 逆に言えば、明確な資金調達の目的がない企業が安易に上場を目指すべきではありません。上場後は株価を常に意識せざるを得ず、そのプレッシャーから経営者が本業を見失い、結果として不祥事を引き起こしてしまうケースが後を絶たないからです。私たちは、企業の成長ステージを見極め、本当にIPOが最善の道なのかを経営者と共に考えるところからサポートを始めます。

3 IPOまでの時間軸

 IPOは、監査法人による3事業年度分の監査証明が必要となるため、思い立ってすぐに実現できるものではありません。上場申請する事業年度を「N期」とすると、その3年前の「N-3期」から本格的な準備が始まります。

⑴N-3期

 この時期の最初のステップは、社内に上場準備チームを編成し、外部の専門家を選定することです。多くのベンチャー企業では、法務、労務、総務といった管理部門の専門人材が不足しています。そのため、まずはIPO経験のある管理部門のエキスパートを外部から採用するなど、人材を揃える必要があります。しかし、採用した人材が必ずしもIPO実務に精通しているわけではないため、私たち弁護士が積極的にサポートを行います。
 次に、主幹事証券会社と監査法人を選定し、契約を締結します。この両者との契約が完了して初めて、企業は「正式なIPO準備会社」となります。
 近年、東京証券取引所がグロース市場の上場維持基準を厳格化した影響で、証券会社が時価総額の見込みが低い企業の主幹事を引き受けたがらない「主幹事難民」という問題が深刻化しています。主幹事となりうる証券会社の数は限られているため難民状態が解消されないのが実情です。一方で、IPOを専門とする中小の監査法人は数多く存在するため、監査法人との契約は比較的容易ですが、主幹事証券が見つからずに準備が停滞するケースが少なくありません。

⑵N-2期~N-1期

 この2年間は、弁護士が最も深く関与し、会社の内部管理体制をゼロから作り上げる期間です。私たちは主幹事証券から提供される規程の雛形を、企業の実態に合わせてカスタマイズし、血の通ったルールを整備します。特に重要なのが労務管理体制の整備です。中でも「未払残業代」は上場審査における最重要チェック項目であり、過去に遡って精算するなど、徹底した対応が求められます。
 この時期には、役員体制の整備も急務となります。取締役会設置会社へ移行する際には、常勤監査役を選任する必要がありますが、この人選は非常に慎重に行うべきです。大手企業の管理部門出身者が引退後に監査役候補となるケースは多いですが、ベンチャー企業の文化や事業スピードを理解できず、些細な規程違反を過度に問題視して経営の足かせとなってしまうことがあります。そのため、私たちは候補者の経歴や人物像を経営者と共に面談で見極める段階からサポートしています。

⑶N-1期

 体制が整ったN-1期は、その仕組みを1年間運用する「試運転」の期間です。この時期に多くの企業がつまずくのが「予実管理」、すなわち予算と実績の管理です。予算未達が続くと上場は延期され、そのプレッシャーからパワハラが横行したり、最悪の場合、粉飾に手を染めてしまったりするケースもあります。恨みを持って退職した社員が東京証券取引所に内部告発を行い、審査が完全にストップするという事態も実際に起きています。私たちはハラスメント研修の実施や内部通報窓口の適切な運用などを通じて、健全な企業風土の醸成も支援します。

⑷N期

 N期に入ると、いよいよ東京証券取引所による約3カ月の上場審査が始まります。私たちは企業の担当者に代わって、審査での細かい質問に対する回答案を作成するなど、最終局面まで伴走します。審査を通過し「上場承認」を得てから、実際の取引が開始されるまでの約1カ月間は、SNSでの発信も控えるなど、経営者にとってはまさに「祈る」期間となります。


 

4 おわりに

 IPO支援は、長期間のプロジェクトです。IPOを目指していてもスムーズに上場に至ることはほとんどありません。私たちは、経営者に最も近い伴走者として、法務の専門知識を核としながらも、経営、人事、労務、財務に至るまで、会社のあらゆる課題に共に立ち向かいます。私たちの役割は、単なる法律アドバイザーにとどまりません。IPOを目指す企業にとって、何でも相談してもらえる存在になるべく、ビジネスを理解し、企業の組織風土を理解することが非常に大切だと考えています。

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